雇用は伸びていないが、企業収益は大幅に改善している。これは生産性の上昇によって単位あたり生産コストが減少していることで説明できる。だが、それが、固定資産投資へとつながっていない。私の試算では4000億ドルの投資が手控えられている。・・・・中央銀行が大規模な資金を金融システムに注入するが、そこから資金が動こうとしない。ケインズは、1936年にこの現象を「流動性の罠」という言葉で表現した。この現象は、アメリカだけでなく、他の先進国にも共通してみられる。リスクに対する心理や姿勢が変化しない限り、資金は動かないだろう。・・・大規模な財政赤字が資本投資をクラウドアウトしている。財政赤字の規模が、資本投資のレベル、特に、固定投資、非流動性資産への投資を左右している(抑え込んでいる)。・・・・日本問題も考えなければならない。いずれ、経常黒字は赤字へと転じ、日本は国際市場から資金を調達しなければならなくなる。・・・・ <なぜ金価格の上昇、財政赤字の悪夢> 質問者 金の価格が史上最高レベルへと上昇している。その背景は何か。 グリーンスパン 金価格は、他のコモディティ価格同様に、基本的に需給関係によって決まる。この意味では、金の生産が増大すれば価格は減少する。一方、理由ははっきりと理解されてはいないが、金は依然として究極の決済手段とみなされている。 主要5通貨の為替レートはゼロサムの関係にあるため、これらの通貨の価値が損なわれ始めたら、すべての価値構造が低下する。ドルとユーロの関係が安定している可能性もあるし、円とスイスフランの関係も安定しているかもしれない。だが、これらの通貨のすべてが同時に低下することもある。問題は、何に対して低下するかだ。そして、われわれが目にしているのが金価格の大幅な上昇だ。 なぜ金が人々を魅了するのかを私は長く考えてきた。1944年にドイツは金を用意しなければ何も輸入できなくなった。第二次世界大戦期に北アフリカに上陸した連合軍が、現地の有力者を自分たちの側に手なずけるために必要としたのもやはり金だ。別の言い方をすれば、金は、何の裏付けも必要としない決済手段なのだ。 なぜ人類は金に魅了されるのか。このテーマを私は長年にわたって考えてきたが、まだ理解できていない。だから、理由はともかく、現実をそのまま受け入れることにした。 金価格が上昇するのは、世界の通貨市場が問題を抱えていることのシグナルだ。金価格の上昇は、為替市場の危機を知らせる炭鉱のカナリアであり、われわれはこれを注視する必要がある。 質問者 一部では、ギリシャ危機は特有であり、他の諸国は債務問題をそれほど気にかける必要はないという声もある。だが、出生率の低下、長寿、財源のない社会保障プログラムなどの問題も考えなければならない。最近、先進諸国の対GDP比債務残高に関する公的な予測をみた。予測が完璧なものにならないことは理解しているが、それにしても債務額が大きい。先進諸国の債務額を合わせると、一体どれほどの資本が世界に残されているか不安になるほどだ。グローバル債務危機について、あなたはどの程度心配しているか。 グリーンスパン 債務危機は深刻な問題だと思っている。アメリカでは、あと2年は景気刺激策をとって、その後、財政赤字、債務問題に対処すべきだと考えられている。だが、私は、これは概念として非常に危険だと考えている。 1979年の夏に何が起きたか覚えているだろうか。10年物の中期国債の金利は7~8%で、インフレも上昇していた。だが、米経済はインフレには強いと考えられていた。長期金利の上昇に連動してインフレが進むとは考えられていなかった。だが、数ヶ月のうちに、インフレ率は400ベーシスポイント上昇した。これで幻想は打ち砕かれた。 減税措置を続けるのはリスクがある。財政赤字と民間支出に相関関係があるという点からも、減税策を続けるのは問題がある。だがわれわれの間にある選択肢はこうすればよくなる、この場合悪くなるという二者択一ではない。それは、「ひどい」か「悪い」かの選択になる。認識すべきは、減税策を続けてリスクに直面するような余裕はないということだ。