危機に直面したユーロ経済を前に、ドイツはユーロ参加国にさらに厳格な歳出削減を制度化するように求め、2011年3月に各国は、ドイツ同様に、歳出削減措置を国内で法制化し、これを憲法に盛り込むことに合意した。だが、厳格な歳出削減措置は、ヨーロッパ経済に短期的なダメージを与えるだけでなく、長期的にはEUの政治基盤そのものを揺るがしかねない。いかなる政治制度も、有権者に経済の調整コストを繰り返し負担させながら正統性を維持していくことなどできないからだ。金本位制下の国家はまさしくこの轍を踏んで失敗した。厳格な歳出削減策で何とか債券市場を安定させることに成功しても、すでに損なわれているEUの政治的正統性がさらに損なわれれば、EUそのものが存続のリスクにさらされる。将来の経済危機のリスクを最小化し、経済危機に陥ったときに政治的に維持できない厳格な緊縮財政をとらないで済むような長期的な制度を導入するために、ヨーロッパは再びケインズに学ぶ必要がある。 <超緊縮財政の政治的余波に目を向けよ> 欧州連合(EU)は大きな危機に直面している。現在進行中の経済危機が、EUの存在理由を揺るがすような政治危機をもたらしかねないからだ。 1998年のユーロ導入とともに自国通貨を放棄した17のEU加盟国は、2010年の危機を前に自信を喪失し始めた。21世紀に入って最初の10年間は、ギリシャやアイルランドのようなEU小国の債務など気に懸けられることはほとんどなかった。ドイツのようなEUの中枢国と同様に、これら周辺国の経済も安全だと市場では考えられていた。 しかし、ギリシャが帳簿を改ざんしていること、そしてアイルランドの財政状況が危険水域に入っていることに気づいた投資家たちは、ユーロ圏の周辺国の国債を手放し始めた。EUは、債券を発行してユーロ参加国を支援する資金を調達する「欧州金融安定ファシリティー(EFSF)」を立ち上げることで、危機の拡大にかろうじて歯止めをかけた。すでに国際通貨基金(IMF)とEFSFがギリシャとアイルランドの短期的な資金需要を賄うための資金融資を行っている。 だが、こうした救済措置は急場しのぎの対策でしかない。ポルトガルとスペイン、さらにはいずれベルギーとイタリアも債券投資家の大きな圧力にさらされかねない状況にある。ポルトガルは今後数カ月のうちに500億から1000億ユーロを借り入れることになる。スペインに救済措置が必要になれば、その規模はおそらく6000億ユーロに達する。当然、7500億ユーロの財源しか持っていないEFSFの資金はすぐに底をついてしまう。 こうした事態になれば、ユーロ債券の大口の保有者である英仏独の銀行は、貸出債権元本の大部分を失う債権放棄に応じざるを得なくなる(銀行の節税戦略によって貸出債権総額が誇張されている可能性もあるが、2010年半ばの時点で国際決済銀行(BIS)は、英仏独銀行のポルトガル、アイルランド、ギリシャ、スペインに対する債権総額は1兆ドルを越えると推測している)。 困難な財政状況にある国の一部は、ドイツの要請に応じて、歳出を急激かつ大幅に削減することで債券市場を落ち着かせようとしている。しかし、多くのエコノミストが指摘するとおり、このようなやり方では「保有する債券は安全だ」と債券投資家を安心させることはできないし、経済成長も阻害する。投資家もこのような緊縮財政は「政治的に持続不能ではないか」と先行きを懸念している。どうみても、このままではヨーロッパの政治的連帯はほころび始める。 だがドイツは、ヨーロッパ諸国にさらに厳格な歳出削減を制度化するように求めている。2011年2月、ドイツはフランスとともに、ユーロ導入国は、借入による政府支出を厳格に制限する「債務ブレーキ」を導入すべきだと提案した。すでにドイツはそうした制約を憲法に盛り込んでおり、自国の長期的な経済成長に資するものを含めて、債務によるいかなる歳出も厳格に制限している。2011年3月初めには、ドイツ以外のユーロ導入国16カ国が、こうした債務ブレーキ、あるいはそれに準じる措置を国内で法制化し、これを自国の憲法に盛り込むことで、可能なかぎり持続的で強力な制度にすることに合意した。 しかし、このような厳格な債務管理制度を導入すれは、ヨーロッパ経済に短期的なダメージを与えるだけでなく、長期的にはさらに大きな悪影響が生じる。 ヨーロッパの政治家は、財政の安定化に失敗した場合の経済的な余波を懸念しているが、それよりも政治的な悪影響をもっと懸念すべきではないか。厳格な歳出削減策で何とか債券市場を安定させることに成功しても、すでに足下の危ういEUの政治的正統性がさらに損なわれる危険がある