1.単に音がうるさいだけじゃない?「歯ぎしり&食いしばり」の本当の恐ろしさ 歯ぎしりや食いしばりというと、多くの人は「寝ている最中にキリキリと音を出して、一緒に寝ている人に迷惑をかける恥ずかしい癖」というような認識をしているのではないでしょうか。人に指摘されれば恥ずかしいけど、寝ている最中のことでもあるので、それほど必死に「なんとかしよう」とは思わない人が大半だと思います。 しかし、歯科医の立場からすると、その認識は大きく間違っていると言わざるを得ません。歯ぎしりや食いしばりが歯にもたらす悪影響は、みなさんの想像をはるかに超えるものです。 その恐ろしさをして、咬合治療において世界的に高名な権威であるオーストリアの歯科医師Dr.セラバチェックがこのように語っています。 ”どんなに歯医者が苦労して噛み合わせを作っても歯ぎしり、食いしばりで患者さんが歯を壊すことは防げない” これほど端的に歯ぎしりと食いしばりの恐ろしさを表す言葉は他にありません。歯ぎしりや食いしばりというものは、歯科医療では何ともし難い部分が多いにも関わらず、その影響が歯に出てしまうという、歯医者にとってはなんとも厄介な情動行動なのです。 2.歯ぎしり&食いしばりが歯に与える悪影響 それでは、その恐ろしい歯ぎしりと食いしばりが実際にどのような悪影響を歯に与えるか見ていきましょう。 1. 歯が削れるなどの歯や歯質への悪影響 普段の食事で咀嚼する際に上下の歯にかかる力はそれほど強くありません。しかし、睡眠中の歯ぎしりや、食いしばり時に歯にかかる負担は相当なものです。その結果、上下の歯がすり減って形状が変化してしまうことや、歯の表面のエナメル質が破壊されて知覚過敏になってしまうといったことが起きてしまいます。最近歯がしみて痛いなぁと感じている方は、もしかすると原因は食いしばりや歯ぎしりにあるかも知れません。 2. 象牙質が露出する、歯茎が退縮するなど歯周組織への悪影響 歯ぎしりや食いしばりの負担は、直接こすり合わさっている歯のみならず、歯周組織にも影響を与えてしまいます。 通常、歯茎は歯周病菌が繁殖しにくい環境になっていますが、歯ぎしりや食いしばりによって血液循環が悪くなったり、血管網が破壊されたりすることによって歯茎が退縮したり、より重症化すると歯周病菌が局所的に繁殖するようになり歯周病が悪化することもあります。 3. 顎関節症の因子としての悪影響 顎関節症の因子として、毎晩強く歯ぎしりをすることで、顎の関節や筋肉に負担がかかりすぎが原因で痛みにつながり顎関節症になることも起こりえます。また姿勢の悪さやストレスのせいで無意識に強く噛みしめる習慣があると、顎の関節や筋肉に負担がかかり、疲労がたまり痛みの原因になることも起こりえます。 3.原因は口腔内には無い?歯ぎしり&食いしばりを引き起こすもの・・・ さて、では口腔内にこうした悪影響を与える歯ぎしりと食いしばりの原因となるものはなんなのでしょうか?実は、この歯ぎしりと食いしばりの原因というのが、この情動行動を厄介なものにしています。 歯ぎしり、食いしばりの原因の多くを占めるもの、それはストレスなのです。 人間は、日常生活を送る上で抱え込んでしまうストレスを発散するために、歯ぎしりや食いしばりという行動を無意識のうちにとってしまいます。いくら歯科医院で完璧に歯のクリーニングをして、噛み合わせも最高の状態に仕上げていたとしても、多くのストレスを抱え込んでしまったら、歯ぎしりや食いしばりによって歯が壊れる可能性が高まります。 さすがに日常的なストレスをなくすことは歯科医療の領域ではありません。しかし、そのストレスが引き起こす歯ぎしりや食いしばりが、歯科医療の領域である歯に悪影響を与えてしまうのです。この情動行動が厄介である理由はこうしたところにあるのです。 4.歯科医療における歯ぎしり&食いしばりの対処法 だからと言って、歯科医院で歯ぎしりや食いしばりに対して何も処置が出来ないというわけではありません。やはり部分的に歯科領域の疾患ではあるので、それを食い止めたり和らげたりするための処置方法があります。そんな処置法をご紹介いたします。 1. マウスピースの使用 なるべく柔らかい素材を使用し、自分の歯型に合うように作成されたマウスピースを装着することによって、歯ぎしりや食いしばり時に上下の歯が物理的に接触することを防ぎ、歯にかかる力のストレスを軽減してくれる効果があります。 ※当院では硬い素材のマウスピース(ハードプレート)はお勧めしておりません。マウスピースの使用で歯ぎしり&食いしばりはコントロールはできませんが、歯にかかる力のストレスを緩和するために使用して頂いております。 2. 筋膜リリース 長年の食いしばりや歯ぎしりによって緊張している、顎周辺の筋膜にたまったしこりを解消することによって、食いしばりグセを緩和することが出来ます。 「筋膜リリース」に関しては「特集 顎関節症・噛み合わせ異常の治療法 トリガーポイント療法とは?」のページをご覧ください。 3. 噛み合わせ治療 歯科治療などで歯を削ったり、被せ物などをした際に、上下、左右の噛み合わせのバランスが崩れると肩、首、腰など他の身体の部位にストレスがかかり、結果として食いしばりや歯ぎしりという症状に現れることがあります。これを正しい噛み合わせの状態に戻すことによって症状を緩和することが出来る場合があります。 噛み合わせ治療に関しては「噛み合わせ治療について」のページをご覧ください。 5.簡単にできる生活習慣の改善で歯ぎしり&食いしばりを予防しよう! 歯ぎしりや食いしばりが日常生活のストレスに起因していることは既にお伝えしている通りです。それはある種生活習慣が生み出した疾患のようなものです。よって、歯科医療のみで完全に解消することはなかなか難しいと言わざるを得ません。 しかし、生活習慣によって生み出されている疾患だからこそ、生活習慣を改善することによって快方に向かわせることが出来る疾患でもあります。 以下に、歯ぎしり、食いしばりを改善する生活習慣を挙げます。これは、予防効果もあるので、自分も少し怪しいなと思われる方は、是非とも実行してみてください。 日中にできる歯ぎしり&食いしばり予防習慣食いしばらないように常に意識する 寝ている最中の歯ぎしり、食いしばりを意識して止めることは出来ませんが、起きている最中に行ってしまう食いしばりは意識次第で防止することが出来ます。日中よく作業をする場所に「食いしばりに注意」などのメモを貼っておけば、それだけでも日中の食いしばり防止にはかなり効果的です。 食事はゆっくりと丁寧に噛む 食いしばりクセがある人の特徴として、食事が早食いだったり、ものを強く噛んでしまうと点が挙げられます。この点をしっかりと認識して、食事の際にはものをゆっくり優しく噛むということを意識するだけでも、ストレス緩和には効果があります。 常に姿勢を良くするように心がける 日常生活の姿勢が悪いと、その負担が身体中に悪影響を及ぼします。歩く時や座る時などにも、常に良い姿勢でいることを心がけましょう。 正しい姿勢がどのようなものかは「顎関節症の治療~姿勢の悪さが引き起こす疾患~」のページをご覧ください。 就寝時にできる歯ぎしり&食いしばり予防習慣悩みごとなどをベッドに持ち込まない 寝る際にベッドの中であれこれと悩むクセがある方は、睡眠の質がそれほど良くなく、それがストレスになってしまっているという可能性もあります。就寝前に気分転換が出来るようなものをみつけ、ベッドに入ったらあれこれ考えずに仰向けで寝るようにすれば、ストレスを軽減出来るかもしれません。 枕は低いものを使う 食いしばりや歯ぎしりの症状が出ている方で、高い枕を使っているという方は、枕を低くするだけでも食いしばりは減り、顎や首周辺にかかる負担を軽減することが出来ます。 ※適正な枕の高さは個人よって当然異なりますが、各人の拳骨(げんこつ)の厚みの分が適正な高さと言われております。 マウスピースをはめて眠る 先の項目でも書きましたが、上下の歯の物理的な接触を防止するだけでも、歯ぎしりや食いしばりが口腔内に及ぼす悪影響を防ぐことが出来ます。 筋膜リリースによる歯ぎしり&食いしばり予防 咬筋や側頭筋の痛みの元になるポイントを筋膜リリースしてストレスを軽減してあげるだけでも、予防効果があります。